• 自分でも挙げたいと思える結婚式を、自分の手でつくりたい。
    それが、今の私がプランナーをやっている理由です。

    ウェディングプランナーという仕事は、
    多くの女の子から憧れられ、夢見られている仕事のひとつです。
    それなのに、ウェディングプランナーとしての仕事を始めた子たちが、
    わずか数年でプランナーを辞めてしまうという現実もあります。

    夢や憧れを抱いてウェディングの世界に飛び込んだのに、
    その情熱が続かないのは、しおれてしまうのはなぜなのか…。

    実は私もかつて同じような想いを経験しているから分かります。

    多くのウェディングプランナーがそうであるように、
    私もまた、夢と希望を持ってウェディング業界に飛び込んだものの、
    業界の裏事情を知るにつれ、ウェディングの仕事に対する情熱が、
    私の中で少しずつ頼りなくなっていくのを感じていました。

    お客様が作りたいと思っている結婚式のかたち以上に、
    売上に貢献する結婚式のかたちが重視され、
    新郎新婦と向き合うより、数字と向き合うような結婚式づくり。

    そしてついに、結婚式への情熱は途絶え、
    私はブライダル業界を離れることにしました。

    しばらくして、私はフランス在住の友人へ会いに行くことがありました。
    そしてその時、パリの結婚式( シビルウェディング )を見にいきました。

    「 シビルウェディング 」というのは、
    市役所に「婚姻の間」というものがあり、そこで誓いを立てるものなのですが、
    カップルはそれぞれ、自分たちらしい服装で、
    自分達の大切な人に見守られながら結婚式を挙げられます。

    その結婚式はたった15分程度のシンプルな挙式なのに、
    おふたりらしさが充分に感じられました。

    その結婚式を見た時から、私のプランナー人生の意味は変わりました。

    ウェディングプランナーとして、
    新郎新婦一組一組にとことん向き合い、
    どんな会場であっても、どんな設備であっても、
    おふたりらしい結婚式をつくる。

    そして私は、再びウェディングプランナーとして仕事をはじめる機会を得ました。
    本当につくりたい結婚式をつくるために、
    結婚式の常識をゼロベースで考えて、結婚式の新しいあり方を創り出せるような、
    小さくても、志のあるウェディングプロデュース会社の創業に携わらせてもらいました。

    そこで培った、自分のウェディングプランナーとしての信念をもって、
    いま私は「 the Emotional Wedding Planner 」として、
    新郎新婦、そして結婚式と向き合っています。

    プランナーである自分自身が、
    心の底から「自分も挙げたい」と思える、
    本当にオリジナルな結婚式を、自分の手でつくる。

    それが、私が自らに課したプランナーとしての使命です。
  • 1991 / 04 / 01 男と女の区別なく、同じステージで生きる人生にすると誓いました。 3人兄弟の「末っ子長女」として、2人の兄の中で育ち、

    「女の子なんだから○○しなさい!」「女の子なんだからそんなことしないの!」

    と、男女の区別をされることが大嫌いで、いつも「男だから、女だからなんて関係ない!一緒だ!」と言い返してました。

    そんな私は、高校生になった春の日、男女関係なくバリバリ働く「キャリアウーマン」になると決意していました。
  • 1993 / 10 /10 生まれて初めて結婚式に立ち会って、たまらなく感動しました。 高校時代のアルバイト先で、結婚式のサービススタッフをさせてもらいました。
    この時、人生で初めて「結婚式」というイベントに立ち会いました。

    披露宴が始まり、お開きに近づくにつれて二人を祝うために集まった100名以上のゲストの中から、1人が踊り出し、2人、10人と、人がドンドン増えていくそんな光景を目の当たりにして、ふたりを祝福する温かい気持ちが伝わり、その場にいた私も感動していました。

    その時、こんなに感動を得られる仕事があるんだと初めて知りました。
  • 1999 / 03 / 27 一念発起して念願のブライダル業界へ挑戦。 一般企業に就職したものの、毎日の繰り返される同じ仕事に飽き飽きしていました。
    仕事は早々に切り上げて、仕事帰りに英会話やジム、食事会などを楽しむ日々。

    最初は良かったものの、2年目から淡々とする日々に私は何がしたいのだろう、
    もっと仕事自体にやりがいと喜びを持って、活き活きと働きたいと思いはじめました。

    学生時代の、結婚式のサービススタッフのアルバイトで経験したあの感動が忘れられず、
    再度、ウェディング業界にチャレンジしよう決意し、この世界に飛び込みました。
  • 2002 / 07 / 12 夢は破れて、新しい生きがいを見つけるために「求人広告・人材業」へ転職。 ウェディングの世界に挑戦してみたものの、当時勤めていた会社と自分が目指す方向性に違いを感じ、「一度、ウェディング業界から離れてみよう。」と思い、全く違う「求人広告・人材業界」の会社に転職を決意。

    今まで働いてきた環境と180度違っていて衝撃的でした。
    そこで出会った仲間たちは、愚直なほどに本当にまっすぐで、誠実にお互いが向き合っていました。
    そんな世界で、私はビジネスパーソンとして、そして「人」として、本当に大切なことを教わりました。
  • 2010 / 02 / 09 小さくても、志のあるウェディングプロデュース会社の立ち上げに、再挑戦。 ウェディング再挑戦のチャンスをもらって、ウェディングプロデュース会社の立ち上げに携わることができました。

    同じウェディング業界での再挑戦ではありますが、かつての私が経験してきた「ウェディングプランナー」とはまったく違う仕事でした。

    社内では意見をぶつけあい、外部の式場やアイテム会社の新規提携も担当していた私は、今までのウェディング業界の常識をゼロベースで考え直したいという私たちの想いや考えを時には真っ向から否定されたり、時には深く共感していただいて、 「 一緒に結婚式を作っていきましょう 」 と言ってくださったパートナー会社さん、 「私たちの結婚式をお任せしたいです」と言ってくださったお客様、メンバー全員が自分の事のように、一緒に喜び、怒り、哀しみ、楽しむ、そんな毎日でした。

    初めてお客様を接客した日の事、初めてお申込を頂いた日の事、初めて結婚式を無事終えた日の事。
    どれもすべて、私にとってかけがえのない大切な記憶として、今でも鮮明に覚えています。
  • 1991 / 04 / 01 男と女の区別なく、同じステージで生きる人生にすると誓いました。
3人兄弟の「末っ子長女」として、2人の兄の中で育ち、

「女の子なんだから○○しなさい!」「女の子なんだからそんなことしないの!」

と、男女の区別をされることが大嫌いで、いつも「男だから、女だからなんて関係ない!一緒だ!」と言い返してました。

そんな私は、高校生になった春の日、男女関係なくバリバリ働く「キャリアウーマン」になると決意していました。
  • 1993 / 10 / 10 生まれて初めて結婚式に立ち会って、たまらなく感動しました。
高校時代のアルバイト先で、結婚式のサービススタッフをさせてもらいました。
この時、人生で初めて「結婚式」というイベントに立ち会いました。

披露宴が始まり、お開きに近づくにつれて二人を祝うために集まった100名以上のゲストの中から、1人が踊り出し、2人、10人と、人がドンドン増えていくそんな光景を目の当たりにして、ふたりを祝福する温かい気持ちが伝わり、その場にいた私も感動していました。

その時、こんなに感動を得られる仕事があるんだと初めて知りました。
  • 1999 / 03 / 27 一念発起して念願のブライダル業界へ挑戦。
一般企業に就職したものの、毎日の繰り返される同じ仕事に飽き飽きしていました。

仕事は早々に切り上げて、仕事帰りに英会話やジム、食事会などを楽しむ日々。
最初は良かったものの、2年目から淡々とする日々に私は何がしたいのだろう、もっと仕事自体にやりがいと喜びを持って、活き活きと働きたいと思いはじめました。

学生時代の、結婚式のサービススタッフのアルバイトで経験したあの感動が忘れられず、再度、ウェディング業界にチャレンジしよう決意し、この世界に飛び込みました。
  • 2002 / 07/ 12 夢は破れて、新しい生きがいを見つけるために「求人広告・人材業」へ転職。
ウェディングの世界に挑戦してみたものの、当時勤めていた会社と自分が目指す方向性に違いを感じ、「一度、ウェディング業界から離れてみよう。」と思い、全く違う「求人広告・人材業界」の会社に転職を決意。

今まで働いてきた環境と180度違っていて衝撃的でした。

そこで出会った仲間たちは、愚直なほどに本当にまっすぐで、誠実にお互いが向き合っていました。
そんな世界で、私はビジネスパーソンとして、そして「人」として、本当に大切なことを教わりました。
  • 2010 / 02 / 09 小さくても、志のあるウェディングプロデュース会社の立ち上げで、再挑戦。
ウェディング再挑戦のチャンスをもらって、ウェディングプロデュース会社の立ち上げに携わることができました。

同じウェディング業界での再挑戦ではありますが、かつての私が経験してきた「ウェディングプランナー」とはまったく違う仕事でした。

社内では意見をぶつけあい、外部の式場やアイテム会社の新規提携も担当していた私は、今までのウェディング業界の常識をゼロベースで考え直したいという私たちの想いや考えを時には真っ向から否定されたり、時には深く共感していただいて、 「 一緒に結婚式を作っていきましょう 」 と言ってくださったパートナー会社さん、 「私たちの結婚式をお任せしたいです」と言ってくださったお客様、メンバー全員が自分の事のように、一緒に喜び、怒り、哀しみ、楽しむ、そんな毎日でした。

初めてお客様を接客した日の事、初めてお申込を頂いた日の事、初めて結婚式を無事終えた日の事。
どれもすべて、私にとってかけがえのない大切な記憶として、今でも鮮明に覚えています。
  • 中村 郁美
    (なかむら いくみ)

    学生時代のアルバイトで体験した「結婚式」に感動して、ウェディング業界で働くことを決意したものの、勤めていた会社の方針に違和感を覚え、一度はウェディング業界を離れる。
    その後、ウェディングプロデュース会社自体を創り出すというカタチで、ウェディング業界に再挑戦を果たし、一組一組のオリジナルな結婚式のあり方を追及する「 Emotional Wedding ( エモーショナル ウェディング ) 」というウェディングブランドを立ち上げて、現在フリーウェディングプランナーとして活躍中。